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継続は力なり!いい加減な人間を正す『日記』のチカラ

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201611日。新年が始まるのに合わせて私は毎日『日記』を書くことにした。

成人してから驚くほど記憶力が低下し、「昨日食べた晩御飯」さえ思い出せなかったことにショックを受けた私は、「忘れてしまうのなら忘れぬ内に書いてしまえばいい」と書店で売られていた日記を見て気づいたのだ。

気づいた瞬間、私は日記を手に取っていた。「三日で飽きるのでは」と笑った母の静止も聞かず、レジへ直行。深く考えずに行動する悪癖が露呈した瞬間だった。

 

 

自堕落に生きてきた私にとって、日々、日記を書くのは新鮮で、且つ難儀だった。

私は行動を起こすかどうかの判断を「ダルいか否か」というフワッとした物差しで行っている。母に静止され、それを振り切って日記を購入したが、正直自分でもいつ止めるか不安ではあった。

寝る前に一日を振り返るのは、私の物差しで測ると「ダルい」に属される。それなのに、不思議なことに私は一年経った今でも日記を続けている。

 

 

最初の三か月は義務のように書いていた。それ以降は癖のようになっていった。飽きてくると2016年の最初のページから読み返す。

すると「過去の自分が頑張っていたのに今の自分が頑張らない理由がない」と刺激を受けて、また「ダルい」と愚痴りながらも日記を書けるのだ。

 

今までの人生で、「記録を残す」という行為を大切に思ったことはない。写真を撮る習慣が我が家には無かったせいもあるだろう。

家にアルバムが一冊あるが、それを自発的に開いたことはなかったし、学生の時の卒業アルバムだって捨てようか迷うほど関心が向かない。

そんな私が日記を続けていることに、自分自身が一番驚いているし、家族も気味悪がっていることだろう。

 

 

私が日記を書き続ける理由は、きっと、「記録を残す為」ではないのだと思う。初めはそうだったかもしれないが、今は「毎日を充実させる為」に書いている。日記を毎日書いていくと、予想以上にネタが足りない。

前は暇さえあれば家でゴロゴロしていたが、最近は日記を書く為にどこかへ出かけたり、家事をしたりするようになった。

部屋を掃除するだけで『今日は部屋を片付け掃除機をかけた。汚部屋は虫が湧くしこれからは毎週きちんと掃除をしようと思う』と日記を埋めることができ、掃除をするたった数十分でネタが作れるのだ。

加えて、決意を文字として書くと、背後の逃げ道を崖にして無理に自分を前に進ませられる。すぐ甘える自分にはいい「鞭」だと思った。

 

 

気づくことも沢山ある。冒頭に「昨日食べた晩御飯さえ思い出せない」と書いた。だがそれは間違いで、実際は「今日食べた昼御飯さえも思い出せない」のだ。

さらに『毎週きちんと掃除をしよう』と書いても「ダルいから、いーや」と掃除をしなかったり。背後を崖にしても、素手で崖を下ってしまう自分のタフさに気づけたのは、人生でもかなり有益な気づきだった。

これを活かせるものなら活かしたいが、今のところそのタイミングは来ていない。

 

 

日記を書くようになって、「面倒でも続けられる精神」が私に身に付いたような気がする。

「気がする」だけでなく本当に身に付いていてほしいが、どうだろうか。日記を続けてまだ日が浅い。今の時点でその判断はまだできない。

 

 

 

書いた人・きゅう

 

 

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