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Monthly Archives: 10月 2016

仲間

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週末の休日を利用して、何年か振りに、健康な頃行きつけにしていた居酒屋に行きました。

酒はあまり飲むべきではないですが、たまには良いだろう、減薬もしたし、働いてもいる。
そう思い、その懐かしい店に行ってみたのです。

 

『おお!久しぶり!』

 

店主は覚えていてくれていて温かく迎え入れてくれました。
ひとまずビールで乾杯、つまみをいくつか取ってのんびり。

 

お店はまだ早い時間だったので客入りがまばらでした。
色々話をしていたら若い店員がいて、よくよく聞いてみたら店主の義理の弟さんでした。

 

「ずいぶん若いけど調理師目指しているの?」と聞いたら

『いや、来月から名護の方に行ってパイン畑をやるんです!』と答えが帰ってきたのです。

 

いきなり飛躍した話だったのでびっくりして続きを聞いたら、農地は2,000ヘクタール無料で借りられ、家もタダ同然で借りられるそうです。
なるほど。限界集落に若い人が来れば相当助かるのでしょう。
それに那覇空港のハブ化が進めば販路も広がる。
元々沖縄のパインは品質がいいので、味に重点をおいた作物を作れば売れる可能性が高いと思うのです。

 

「それにしても思い切ったことするね、いい度胸だ」そういうと

『2人いい仲間がいるんですよ、こいつらとならやれると思うんですよー』

 

とても希望に満ちた明るい笑顔が眩しい。

聞けば今までコンビニで働いたり、パチスロ屋で働いたりしていたそうで、その仕事仲間で意気投合したチームだそうです。

彼の話によると、コンビニでは接客マナーとかがうるさいが、肝心の商品をできるだけ早く出すという基本が抜けていて、お客様に迷惑をかけるのが嫌だったそうで、難儀な仕事は俺が全部やるから任せてくれと行って仕事していたらしい、生粋の現場主義者ですね(笑)体を動かすのが大好きなんでしょう。

 

『目標は十年後、年商1,000万!』

「頼もしいなー、じゃさ、ホームページ作ったり、youtube なんかにパイン作りナウとか載せなよ、軌道に乗ってきたら農家民泊とかしてさ、もしかしたら彼女できるかもよ?爆笑」

『それいいですねー、やりますよー!』

 

軽い酒の上の軽口が真実味を帯びてきた。彼らの世代はパソコンが当たり前にあって携帯で自分を写すことにもなんの抵抗もないでしょうね。

農業はそれほど楽な仕事ではないと思いますし、これから彼らは大変なことに出会うこともあるでしょう。

どんな困難にも立ち向かえる仲間と力、それが強みですね。

思えば自分はどうだったろうか?

我に返ります、20代前半は友達とつるんで色々やったけどそれ以降は散り散り、というか自分から離れていった感じです。それ以来友と呼べるものもない、一人ぼっちだと思っていました。

荷重負担な仕事を転々として健康を損ない障がい者となったとき、何年かぶりに親友と呼べるべき友と会いました。彼はこういったのです。

 

『お前はお前に変わらない』

 

救われたと同時に恥を覚えたのも事実です。当時はひどい状態でしたからね。

そんな私に会ってくれて長話を聞いてくれた友だちに感謝です。

今はどうかというとここで働いているし、自信も回復してきました。

無沙汰は無事の便り

そんな感じで付かず離れずのいい関係です。

 

 

P.N.月夜のワンコ

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美ら海水族館に行ってきました~!

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この前、会社の写真部の人達と美ら海水族館に行ってきました。

途中で寄り道もしましたが…。

ちゃんとたどり着きましたよ~!

到着!

 

 

可愛いチンアナゴや凶悪な顔したお魚…。

生き物マニアには堪らない時間でした。

時間が思っていたよりも、少なかったのでサメの展示のところは素通りしてしまいましたが、色んな生き物を見たりしてこの生き物の子供の時はこうだったのか!と見ることができたりしてとても楽しかったです。

あとオキちゃんが元気そうでよかったです。親子連れでショーを盛り上げていたのが印象的でした。

 

 

オキちゃんはオキゴンドウなのでイルカと違いシャチに近い仲間なのですが、初めは、見分けがつかず、どれがイルカでどれがオキちゃんなの?となりました。

オキゴンドウは、野生の環境ではイルカを襲ってしまう事があるみたいです。

 

 

水族館では、判別する目安として、オキちゃんのほうが黒っぽく大きめなのですが、カメラで覗くとどれがオキちゃんなのかよく分からなかったです。

あとイルカのほうが口が細いですね。あれだけ種類と大きさが違うのに仲良く一緒にジャンプしたりと芸を披露したりしていて、人間も見習らう点があるなと思いました。

ちなみにイルカとオキゴンドウを両親にもつウォルフィンがハワイの水族館にはいますよ!

いつか行ってみたいものです。

 

 

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カメラと写真と夢と私 其の二

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≪前回のあらすじ≫
 

http://thankslab.biz/index.php/2016/10/10/kondeji/


ある日、東松照明(とうまつ しょうめい)という、有名な写真家の訃報記事を目にする。

当時の私は、ある移行支援事業所の理事長の影響で、写真撮影に興味を持ち始めたばかりで「かじる」ではなく「なめる」程度。 

その事業所では毎月末に写真作品の発表会が行われていたが、私は3.2メガピクセルの携帯電話のカメラから始め、入賞したらカメラをステップアップする事を個人目標にしていた。

運よく入賞することが多く、携帯電話のカメラから、コンパクトデジカメ、デジタル一眼レフと順調に運んでいた。

写真撮影が楽しくて、どんな時でもカメラとともに出掛けていた…。


 

事業所では「沖縄情報部」に配属され、「福祉情報」を取り扱っていた。
主に障がい者福祉に関する福祉情報から取り掛かっていたが、例えば観光施設の写真、福祉施設の外観写真なども撮影をしながら、空や建物を撮影していた。

 

その事業所には他にも男女1人ずつ、面白い写真を撮る方がいた。

男性はマクロ撮影(接写)が多いのだが、コンパクトデジカメでマクロ撮影をするのは非常に難しい。
カメラ性能もあるが、ピントがなかなか合わない。コンパクトデジカメでマクロ撮影をしたことがある方には、ブレた写真の経験があることだろう。

また、この男性は昆虫の撮影もよくするのだが、蝶やトンボを飛んでいる状態で撮影する、その技術や忍耐力が私にはない。

 

女性の方は芸術大学卒で、事業所では紅型のデザインなどを手掛けていた。
カメラはデジタル一眼レフを所有し、作りこんだ作品が得意であった。

シャッタースピードを調整し、ペンライトで文字を書いた作品、壁画を利用したり、プラモデルを使った笑える作品、水面に花を浮かべた作品など、その発想力が、私にはない。

月末の作品発表会で入賞を争うのは私とこの2人で、いいライバルであり、撮影の手本でもあった。

 

写真撮影を始めたばかりで学ぶことが多い私だが、2ヶ月連続で1位を取ったことがあり、事業所では前人未踏の3か月連続1位を目指した。

撮影を始めて数ヶ月、それまで楽しかった写真撮影が苦しくなっていった。

3連覇へのプレッシャーから苦しくなったのだが、今思えば私の自惚れもあったのだろう。

そんな状態で撮影を繰り返し、納得のいかない作品で挑んだ。当然、3連覇はならず、それどころか入賞を逃してしまった。

 

事業所の小さなフォトコンテストではあるが、入賞している事が私のモチベーションであった事は間違いなく、写真に興味を持って初めての挫折。

そんな時、理事長の言葉が頭をよぎった…。

 

『写真展などに行って、いっぱい写真を見なさい。それも上達の要素だよ。』

 

私はすっかり忘れていたのだが、写真展や写真雑誌などを見ていると、構図や被写体に感銘を受ける。真似て撮影したくなるもので、参考にもなる。しかし、真似てはみるものの納得のいく写真ではない。

いい写真をみることで刺激を受けるので、雑誌を含めあらゆる写真を見るようになった。

 

挫折から理事長の言葉を思い出して以降、またカメラと共に出かけてきた。

それまで撮ろうとしなかったモノにも目を向け、構図も意識するようになり、それまでと違った作品が増えていった。

 

事業所を退所してから3年ほど、写真撮影から遠ざかっていたが、20165月、サンクスラボ株式会社に入社し、また写真を撮影する機会ができた。

社員の中にカメラ所有者や写真に興味のある方もおり、『フォトLab』を発足した。

 

開所式の影響から採用も多く、フォトLabの仲間も増えた。

20169月某日。撮影会と称し水族館まで遠出をした。

これからは気負いせず、もっと写真撮影を楽しんでいこうと思う。

 

 

<完>

   

ペンネーム・K

 

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沖縄の金言・黄金(くがに)言葉

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「うまりじまぬ くとぅば わしぃねー くにんわしゆん ちかてぃいちゃびら しまくとぅば」

 

沖縄の路線バスに乗車すると、時々ウチナーグチ(沖縄語)で、冒頭の車内アナウンスが流れる。

声の主は、今は亡き平良とみさん。

NHK朝の連続TV小説「ちゅらさん」の、おばぁ役で一躍有名になった沖縄が誇る名女優だ。

 

標準語に訳すると、

「生まれ故郷の言葉を忘れると、故郷そのものも忘れてしまう。使っていきましょう、故郷の言葉を」。

 

今、沖縄ではウチナーグチ≒(しまくとぅば)を話せる人の数が著しく減少している。

それには理由がある。最大の要因として挙げられるのは、「方言札」であろう。

 

米軍の統治下に於かれた敗戦後の沖縄。戦前からの皇民化政策を引き継ぐ形で、教職員達は

学校教育の一環として、児童・生徒への標準語励行を強行した経緯がある。

 

学校内で方言を使うと、首に「方言札」を掛けさせられた。言わば他の生徒への見せしめである。

有無を言わせず強制的に方言撲滅を遂行したのだった。今となっては無謀とも思える方言の

矯正教育は本土復帰の頃まで暫く続いた。

 

当時の教職員の言い分は「将来、この子たちが進学や就職で本土に行く機会がくる。

その時に、劣等感を抱かずに、ちゃんとした標準語で意思疎通が図れるように配慮した」と、

教育方針を正当化していた。

 

おかげで、方言人口は激減した。あれほど、方言を敵視して罰まで与えて禁止しておきながら、

それが今や県民挙げて “「しまくとぅば」を積極的に使いましょう” と、躍起になっているのだ。

この変わり様は誠に節操がない。正に180度の大転換である。教育とは実に恐ろしい。

 

国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は2009年、世界で約2500の言語が消滅危機に

瀕しているとして警鐘を鳴らした。沖縄諸島からも5地域が選定されている。

消滅の危険レベルとして「沖縄語」「国頭語」「宮古語」が、さらに重大な危機にあるとして

「八重山語」「与那国語」が、それぞれ選ばれている。ことほど左様に、事態は深刻なのである。

しまくとぅば消滅に危機感を抱いた県は、2006年、条例で毎年9月18日を

9=く、10=とぅ、8=ば、の語呂合わせで、「しまくとぅば(島言葉)の日」として制定、

しまくとぅば普及推進専門部会を起ち上げた。

20歳以上の男女約千人を対象に行った13年の県民意識調査では、

しまくとぅばを「主に使う」「共通語と同じくらい使う」と回答した人の割合は35・4%で、

10~40代では5%にも達していない。もはや手遅れのような状況である。

 

国の重要無形文化財である組踊など、伝統芸能文化の次代を担う若者達が継承するにも、礎となる「しまくとぅば」を理解せずには受け継げるはずもない。

 

今、沖縄の現状は方言と標準語を織り交ぜたウチナーヤマトグチ(沖縄大和口)が、ラジオや

テレビのメディアを通して浸透。教育現場では、小学校で方言読本なる教則本を子供たちに配布。

遅ればせながらも底辺からの普及啓蒙活動を開始、本腰を入れて方言復活に取り組み始めた。

 

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沖縄には古から伝わる珠玉の言葉がある。

 

『命どぅ宝』(命こそ宝物)

 

言霊が宿った胸に迫る金言です。

 

(いくさ)()済まち(しまち)弥勒(みるく)()(やが)てぃ、(なげ)くなやぅ臣下(しんか)(ぬち)どぅ(たから)

(戦乱の世も終わり、やがて豊かな世が訪れる。嘆くなよ諸君、命を大切に。)

琉球処分で国王の座を追われた、王朝最期の「尚泰王」が詠んだ琉歌が元と伝えられている。

 

「命こそ宝」。これ以上の崇高な言葉があるだろうか。

 

それこそ、人間の尊厳、武力行使の禁止を謳う国連憲章の序文にでも掲げてほしいくらいだ。

地球上の至る処で、性懲りもなく繰り返される醜い戦争の数々。「命の尊厳」は人類共通の

真理であり、「命どぅ宝」は正に、世界平和をアピールするには最も相応しいキーワードだと思う。

 

理不尽な支配による抑圧や逆境を撥ね退け、阿鼻叫喚の戦火を潜り抜け、

いわれなき差別に抗い、艱難辛苦の時代に翻弄されながらも逞しく生き抜いた島の先人達。

 

命の重みを僅か7文字に込めた「ぬちどぅたから」こそ、「平和の尊さと争いの愚かさ」を

最もよく知る 「沖縄」 から発信する「魂の叫び」である。

 

そしてもう一つ、この島には忘れてはならない文言。

 

『いちゃりばちょーでー』(出逢えば兄弟)

 

「ぬーぬ へだてぃぬあが かたてぃ あしば」 と、言葉はつづく。

「何の隔てがあるものか、語り合って遊びましょう。」 (標準語訳)

 

「一期一会」、「袖すり合うも他生の縁」、「人類皆兄弟」等に相通じるものがある。

運命の赴くまま、出合った者同士が肩を寄せ合い膝を交え、胸襟を開いて語り合うことで、

お互いの理解は深まり絆も生まれる。

勿論、仲を取り持つ「適度のアルコール」が介在すると、お互いの距離がグッと縮まって

尚一層、友好関係が促進されるのは間違いない。

 

最初はとっつきにくい印象があるウチナーンチュだが、一度声を掛ければすぐに人懐っこい笑顔で

接してくれる筈だ。来る者は拒まないオールカマーの県民性が、この島を訪れる旅人の心と体を

優しく癒してくれるであろう。生来の気質として備わった「ホスピタリティ精神」の本領発揮である。

 

協働を意味する「ゆいまーる」の助け合い精神が今も根付き、人情に厚いコミュニティ文化が残る

此の地を通して、「いちゃりばちょーでー」の友好的なフレーズを万人に届けたい。

 

最後に、ウチナーンチュのソウルミュージック ともいえる「てぃんさぐの花」 について記したい。

作詞・作曲者不詳ながらも2012年、県民の圧倒的な支持を得て県の愛唱歌に指定された。

一番から十番までの歌詞はどれも秀逸で全部紹介したいけれど、ここでは一番だけを抜粋する。

 

教訓歌の代表みたいな位置付けの唄で、ウチナーンチュにはすっかりお馴染である。

元歌は沖縄民謡であるが、やはり八、八、八、六の琉歌の形式に則っとた歌詞構成になっている。

 

「てぃんさぐぬはなや ちみさちみすみてぃ うやぬゆうしぐとぅや ちむにすみり」

 

(鳳仙花の花は 爪先に染めて 親の教えは 肝(心)に染み渡る)

 

歌詞の詳しい説明はいらないだろう。琴線に触れるこの唄を聞く度に、私は思わず目頭が熱くなる。

 

先祖伝来、脈々と受け繋ぐ「人生訓」の中で、かけがえのない生命への情愛を優しく諭す黄金言葉。

無学ながらも「慈悲の心」「人の道」「処世術」を悟った先人達が生み出した「島の哲学」である。

 

紹介した「黄金言葉」や教訓歌等は、「しまくとぅば」じゃないと、心の襞の微妙なニュアンスが

伝わりにくい。感情表現の文言などは特に置き換えるのが難しく、説明するのももどかしい。

 

「肝心」と書いて「ちむぐくる」と読む。いわば「心根」とか「真心」のことだ。

ウチナーンチュの気概を示す 「ちむぐくる」 こそが 「黄金(くがに)言葉」 の根底に在る。

基層文化としての「沖縄語」は、アイデンティティーを問い直す意味でも途絶えさせてはいけない。

消滅の危機に瀕している貴重な言語「しまくとぅば」を次世代に残すのが、現代に生きる我々に課せられた使命である。

 

 

 

 

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自由

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昔読んだ昆虫学者のコラムで、英語のfree自由の語源はあの迷惑な昆虫、蚤(ノミ)だというのです。
スペルも
flea、発音もほぼ同じということでした。

 まさに各々が自由に骨董品や古着、自分が育てた野菜や肉を自由に売る「蚤の市」、フリーマーケットです。
大笑いしました。

 昔は老若男女貴賎を問わず、あのカイカイな昆虫に悩まされていてペットや毛皮のマフラーなどは、愛玩や防寒以外にも蚤を移らせるためでもあったとか。
もっと面白かったのは蚤を集めるために作られたペンダント。中に血液を入れる宝石で飾られた十字架があることでした。

 こちらからあちら、あちらからこちらへと飛び回る昆虫の軽やかさに「自由」と名付けるとは面白い考えだと思いました。

 

 

 自由にはもう一つの概念があります。Liberty「リバティー」です。元々は債務つまり借金がない状態ということらしいです。
これから連想したのは昔、身分を拘束された「奴隷」が数多くいて彼らは自分の身分つまり市民権を手に入れるために金を貯めたり、戦役に出たりしたのではないかということでです。

先程のフリーと違って重い歴史上の運動を感じさせますね。

 

 

 一方、我が日本の自由の語源はどうでしょうか。

 気になり知らべてみたら明治維新で開国するまでその概念すらなかったらしいそうです。

士農工商の封建時代、身分は固定されていたのですね。

諸説あリますが、幕末の漢学者 西 周(にし あまね)という方が作り出した言葉ということです。(間違っていたらごめんなさい)

この方は幕臣としてオランダに留学し西洋文化を吸収して明治政府でも活躍した方で、今まで日本になかった概念、言葉を多く作っています。例えば科学、物理、哲学、芸術といった現代でも普通に使われている言葉も多くあります。

その中の言葉「自由」
非常に諸説あって彼が作ったとは断言できないですが、その由来を紹介したいと思います。

 

 

仏教の経典「心地観経」に「常に乞食を行じ、以て活命し、出入り自由にして他に属せず」

何も持たず、作らず、他人の施しで生きる、その良心の施しが出来ない状況になれば真っ先に死ぬ覚悟を感じますね、おそらくお坊さんが「托鉢」をするのはこれに理由があるのでしょう。

実に壮絶な覚悟を感じます。

持たぬから、他者と争う必要がない。だからどこへも行けて、誰とでも交わる事ができる。

これを持って日本語に「自由」の意味を見出すところが日本人的な宗教観と気真面目さだと思います。

また「自由」という言葉を分解すると「自」は自分、己。
「由」はより処という意味があります。自分のより処、自分が自分であるために欲する動機なのでしょうか。

 

 

私は障がいを得たとき、鎖で牢獄につながれた人間だと思い込み絶望し、自分自身を見えない鎖で縛り続けてきました。しかし色々な治療やアプローチを経て、ついにサンクスラボで働けるんじゃないか?トライしてみようと思ったのです。

今なんとかやれてます、色々な方の支えもあってのことです。

「力量に応じた社会参加」これをすることによって、及ばずながら、社会に貢献する喜びはとても素敵なことなんですね。

 

 

勝ち取る自由つまりリバティーだと思うのです。

 

 

自由は勝手とは違います、責任やリスクを伴うこともあると思います。

苦しくもあり、楽しくもあり、軽やかでもある。

 

 

自由とはその地にあるものではなく心の有り様。そう思い日夜感謝しつつ働いています。

 

 

 

月夜のワンコ(ペンネーム)

 

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カメラと写真と夢と私 其の一

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『 誰であっても、人には敬意を払いなさい 』

 

2012年12月…

 

 

何となしに新聞を読んでいた。

すると運命的に目に留まった記事があった。

 

 

「東松照明(とうまつ しょうめい) 死去」

 

 

この訃報を目にしたとき、「巨星、墜つ…」と思った。

愛知県出身の写真家で、沖縄に移住して基地などを撮影していたようだった。

 

 

当時、私は写真に興味を持ち始めたばかりで、知人から「土門拳・山田 實・東松 照明」の名を

聞かされていたので、機会があれば作品を観たいと思っていた。

モノクロの巨匠・土門拳の写真展が、沖縄県立博物館・美術館で開催された際に足を運んだのだが、東松 照明の作品は未だ観たことはない。

 

 

写真及びカメラに関して、私は素人に毛が生えた程度である

私は写真撮影を「かじる」ではなく「なめる」程度であるが、これまで土門拳と山田 實の写真展に行って観覧した事がある。

その時は感銘を受けたものだ。

 

 

「時代」もあるのだろうが、彼らが被写体に選んだ画は、発展が進んだ現在では撮影が極めて難しい。沖縄のあるデパートの屋上遊園地からの風景や、開発中の土地、戦後間もない子供たちや行商、行事などを見ていると、ただただ羨ましく感じる…。

 

 

私はいい歳なのだが、この年齢で写真に興味を持ったものの、さすがに写真家で生計を立てるのは非常に難しい。

『夢を抱くのに年齢は関係ない』とは思うのだが、夢では食べていけないので諦めている。

いつか時がきたらフォトコンテストに応募してみたいものだ。あわよくば入賞して、そこから発展していくことがあれば理想的でもある。

 

私が写真撮影に興味を持ったのは、ある移行支援事業所の理事長の影響だ。

その事業所では毎月末に、利用者による事業報告と写真作品の発表会が行われていた。コンパクトデジカメ(以下コンデジ)・デジタル一眼レフ(以下デジイチ)の貸し出しもしていたのだが、私は3.2メガピクセルの携帯電話のカメラから始めた。

夜間、路面に反射する外灯の灯りが強く、手で光を遮り撮影したのだが、指が写ってしまった。撮り直しを考えたのだが、逆さまにすると指が山に見え、路面の反射が上手く星のように見えた。その状態で出展したところ、それが3位に入賞した。その後、知人から譲ってもらったコンデジを携え、撮影に夢中になった。

 

 

コンデジで、紫に染まる夕景の作品が1位になり、事業所のデジイチを借りて撮影に奔走した。

デジイチを使用して、123位を独占した事もあった。

ファインダーを覗く楽しさにハマり、出掛ける際にはいつもカメラがそこにあった。

とにかく写真撮影が楽しくて楽しくてしょうがなかった…。

 

ペンネーム K

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技術革新が奪うもの、技術革新が生み出すもの

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最近に限った話ではありませんが、特にここ最近のIT関連の技術革新は、本当にすさまじいものがあります。
新型
iPhone7のケーブルなしのイヤホン、そして人工知能の活用による株取引など、挙げればきりがありませんが、共通して言えるのは、すさまじい技術革新によって、私たちの働き方や、もっと言えばライフスタイルそのものが大きく変わっていくのではないかという事です。

 

今後、高機能な人工知能が搭載されたロボットの活用によって、産業革命期に多くの仕事がなくなったように、今存在する仕事もかなりの数が減るかもしれません。
人によっては、「機械に仕事が奪われる」と言って、懸念している方もかなりおられるようですが、私は一抹の不安を感じつつも、全体としては楽観しています。
というのも、仕事が奪われる一方で新しい仕事も日々生まれており、また仕事がなくなる代わりに余暇時間が増え、それをうまく活用することによって、新たな時代が到来するのではないかと思っているからです。

 

日本ではあまり馴染みがありませんが、韓国ではプロのゲーマーの方々が多数おられます。
少し前の時代では、ゲームをしてお金を稼ぐという事は、とても考えられなかった事です。
ここ日本でも、eスポーツと呼ばれるようになり、プロゲーマーの方々の活躍が、ますます期待されています。
このように、消えていく仕事もあれば、新しく生まれる仕事もあります。
それが世の常というものなのかもしれません。

 

様々な仕事を機械が代替してくれ、人があくせくと働く必要がなくなり、今と比べて余暇時間が大分増えて来ると、私は新たな時代のカルチャーが生まれるのではないかと期待しています。
スポーツは今でも色んな世代で人気ですが、今とはもっと違った形で、今後発展していくかもしれません。
例えば、ロボットと人が協力してチームワークを発揮するスポーツが生まれるかもしれませんし、それを通じて子供たちに教育が出来るかもしれません。
また、娯楽産業はさらに発展すると考えられ、芸人のロボットや歌手のロボット(今でもボーカロイドが既にありますが)が続々と誕生する事でしょう。

 

そして、個人的に一番期待しているのが、新たな哲学時代の到来です。
古代ギリシャで哲学が成熟したのは、奴隷の使用を背景にして、市民の安定した自由な生活基盤があったからです。
ロボットを奴隷に置き換えるのはかなり早計かもしれませんが、ロボットを、私たちの生活を自由で安定したものにしてくれるパートナーと考えればいいのではないかと思っています。
そうしたロボットの発展によって、今では考えもつかない思想や哲学が生まれるのは、想像に難くありません。
具体的にどういうものになるかはまだ分かりませんが、個人的には、そういう時代がもうしばらくしたらやって来るという事が、楽しみで仕方がありません。

 

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